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虫ん坊 2013年11月号 特集2:『鉄腕アトム』(1980年版)中国語アフレコ現場レポート!

虫ん坊 2013年11月号 特集2:『鉄腕アトム』(1980年版)中国語アフレコ現場レポート!

今日収録のあったスタッフ&キャストみんなで。

 今月の虫ん坊特集2は、なんと海外から! 中国は北京からのレポートです。
 日本では1980年10月から1981年12月に放送されたTVシリーズ『鉄腕アトム』が中国のテレビ向けの番組として放送できるように、中国語でのアフレコバージョンの作成が進められています。
 アトム役を演じる声優の毛毛头さん、中国語吹き替え版の張偉監督、演出担当の廖菁さんの三名へ、中国語版『鉄腕アトム』への意気込みなどを伺いました!
 現場取材およびインタビューは手塚プロダクション本社に在籍する中国人スタッフ・蒋が行いました。





●鉄腕アトム役・毛毛头(モーモートー)さん

虫ん坊 2013年11月号 特集2:『鉄腕アトム』(1980年版)中国語アフレコ現場レポート!

アトム役、毛毛头さん。

プロフィール:
 5歳からアフレコの仕事に携わっている。現在27歳。外国作品の吹き替えの経験は数多い。

——今のお気持ちを聞かせて下さい。

毛毛头さん(以下、毛): まず、選ばれて嬉しいです!

——以前、『鉄腕アトム』をご覧になったことは?

毛: はっきりは覚えていませんが、小学校の時にカラーのものを見ました。今回のものと同じ、1980年版だと思います。

——今まで収録した中で一番印象に残っているエピソードは?

毛: アフレコはまだ途中ですが、今まで収録したもので言えば「ウランはおてんば娘」です。面白いお話ですよね。アトムはお兄さんらしく、いつも正しいのですが、ウランちゃんはいたずら好き。「ちゃんと僕の言うことを聞かなきゃ駄目だぞ、僕はお兄さんとしての責任があるんだから」ってアトムは真面目な顔で言っても、ウランは全然聞いてないでしょ?
 もう一話は、「ダムダムの首」。アトムの最後のセリフ、「なぜあんなロボットを作ったんだ。人間は、なぜ なぜ」というところは、私も喉が震えてしまいました。完全にキャラクターになりきりました。

虫ん坊 2013年11月号 特集2:『鉄腕アトム』(1980年版)中国語アフレコ現場レポート!

アフレコの収録はこのようなところで行われます。

——アトムって、どんなキャラクターだと思っていますか?

毛: なんでもできる、正義の象徴ですね。

——アトムが本当にこの世界にいたら?

毛: 最高だと思います! 悪い暴力を取り除いて、人間を危機から救ってくれる、最高の存在です。アトムがいれば悪い人も改心して、世界も平和になるかも知れません。

——アトムと同時にワルプルギスのような悪人も登場するかも…

毛: あはは、確かにそれはそうですね。

——アトムの声を演じるのに、なにかと特別な工夫はありましたか?

毛: アトムの日本語の声は、きっぱりしていて、ちからを持っていますよね。澄んでいて心地よく、豆がガラスを転がるようです。音域も高いです。
 私が出すには、かなり腹筋を使わなくてはなりませんでしたね。


●吹き替え版監督 張偉さん&演出担当 廖菁さん

虫ん坊 2013年11月号 特集2:『鉄腕アトム』(1980年版)中国語アフレコ現場レポート!

張偉さんと廖菁さん。常にご夫婦でアフレコの収録監督・演技指導などを手がけています。

プロフィール:
 ハリウッドや日本、韓国などで作られた映画作品の中国語吹き替え版を二人のコンビで数多く手がけています。代表作は『マトリックス』シリーズ、『ワイルド・スピード』シリーズなど。日本の作品では『日本沈没』また、日中共同制作アニメ作品『チベット犬物語〜金色のドージェ〜』なども。TVアニメシリーズの吹き替えは初めて手がけます。
 ちなみにお二人はプライベートでもご夫婦とのこと。

——お二人は、『鉄腕アトム』のアニメをご覧になったことはありますか?

張偉さん(以下、張): もちろん! 1963年版『鉄腕アトム』の中国語吹き替え版はCCTVでも放送していました。

廖菁さん(以下、廖): おそらく、アニメの好きな中国人で、『鉄腕アトム』を見たことがない人はいないと思います。

——中国国内で、『鉄腕アトム』は影響力を持っていると思いますか?

張: あると思います。今、日本のアニメ全体が中国で非常に人気があります。とりわけ子供たちはアニメが好きですね。しかし、日本のアニメの中には、子供向けではない作品もありますよね。中国ではアニメに年齢によってレーティングを設ける制度がなく、アニメといえば子供向けのものだと普通では考えていますので、日本で大人向けに作られたような作品でも、子供たちが見られてしまうんですよね。

廖: 親としては心配ですね。子供たちはまだ価値観を形成していないので、大人向けのアニメを見て、良くない影響を受けないか心配ではあります。

張: でも、『鉄腕アトム』は違いますね。全年齢向けに楽しめて、親も安心できます。中国で紹介された時期も早く、今や知らない人はいないくらいです。それにキャラクターも目が大きくて口が小さい、女の子みたいに可愛いですよね。子供はこういうキャラクターが好きですよ。

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アトムのアフレコ収録風景。

——今回アフレコしてみて、『アトム』になにか新しい発見はありましたか?

廖: 以前の記憶では、キャラクター達についてそれほどはっきりと理解をしていなかったように思います。なぜなら、昔は中国人の大人は、アニメというものは娯楽作品と考えていて、リアルな物語というよりも、奇想天外な、あるいはスラップスティックだと考えていたからです。
 最近では日本のアニメも普及してきて、そういう考え方は徐々になくなってきています。アニメの文化的地位も徐々に高くなり、深いストーリーのものでもお客さんも楽しんでくださいます。『鉄腕アトム』についても、表面だけでなく、裏のストーリーも見て深く考える意識で見たら、いっそう感動的でした。
 特に1980年版の『鉄腕アトム』ではアトムとアトラスを対比的に描いていますが、ともに人間性を充分に持ったロボットで、一人は正義、もう一人は悪を象徴しています。人間そっくりにデザインされていながら、十万馬力をもち、人間のような優しい心を持っていますが、しばしば人間たちの考え方が理解できない。アトムは特別な存在で、孤独ですよね。アトラスはアトムのお兄さんだと思いますが、やっと会えたお兄さんは悪いロボットで、敵として戦わなくてはなりません。更に悲しいと思いますよ。

——廖さんは様々な作品の吹き替え版で辣腕をふるっていらっしゃいますが、長編テレビアニメのお仕事は少ないように思います。今回『鉄腕アトム』でテレビアニメ作品を手がけてみて、今までの映画作品などと比べて違いを感じましたか?

廖: 映画でもアニメでも、必ずもとの外国語版のセリフの声がありますよね。中国のアニメであれば、台本からキャラクターの感情を想像してアフレコをすることになりますが、外国語版の作品の場合は、すでに元のセリフがありますので、私はなるべくその元の声に近い形に拘るようにしています。 ですから、中国語版の声優も、元の作品に近い雰囲気を持っていれば持っているほど、良いというふうに考えています。
 1980年版の『鉄腕アトム』でアトムを演じている清水マリさんの声は、とても高くて澄んでいて、聞いていて心地よい声ですよね。放送からすでに30年が立っており、みなさんこの声でイメージを持たれていると思います。それを中国語版だからといって、ぜんぜん違う声にしてしまったら、元の『アトム』にも失礼ですよね。
 日本のファンが見ても、「アトムが中国語を喋ってる!」と錯覚していただけるような吹き替え版にしたいです。

張: 文化と習慣の違いで、国ごとに話し方、つまり発音の方法や音調、ニュアンスなどに少しずつ違いがありますよね。こういうニュアンスはたとえその言葉が分からなくても、なんとなく皆さんイメージが有ると思います。例えば、私達には日本語は「実」と感じ、韓国語は「虚」と感じるんです。日本語のほうが音節がはっきり別れていて、はっきりした響きをしていますが、韓国語は拗音などが交じる、柔らかいイメージです。そういう特徴は意識して入れるようにしていますね。アトムが中国のキャラクターとして中国語をしゃべっている、という感じではなく、中国人の視聴者が音声だけを聞いても「日本のキャラクターのアトムが、中国語をしゃべっている!」と思っていただきたいです。

虫ん坊 2013年11月号 特集2:『鉄腕アトム』(1980年版)中国語アフレコ現場レポート!

ヒゲオヤジの収録風景。こうしてひとりずつ収録する方法を採用しています。

——翻訳にあたり苦労したところなどはありましたか?

張: 他にも文化的に訳語が無いケースなどで悩みどころはありました。例えば今日収録した「ウランはおてんば娘」について言えば、セリフの中に「おせち料理」という言葉があります。日本ならではの言葉ですよね。
中国では、お正月には夜に特別なごちそうを食べ、それを「年夜飯」というのですが、それと「おせち料理」をイコールにすることはできません。もし、日本語の「おせち料理」を「年夜飯」と訳してしまったら、中国人には意味が分からなくなってしまいます。
さんざん悩んだ末、「団圓飯」という、一家で団欒して食べるごちそう、というような訳語を当てました。

——1話をアフレコするのにはどれぐらいの時間がかかるものなのでしょうか?

廖: 1話あたりどれぐらいか、というのはちょっと答えるのが難しいですね。どうしてかというと、1話ごとに収録するのではなく、キャラクター単位で行うからなんです。
 何日から何日までがアトムの収録、またある日にはアトラス、リビアン、それから緑、ケン一……というふうに進めていくんですね。
 こういうやり方ですと、昔のように1話単位で収録するより質がいいんです。

張: 録音用のマイクは一つしか用意しませんから、みんなで録音するとマイクから遠い人の声が遠くなってしまいます。また、たくさんの人が同時に演技をすると、一人が間違えたら全員やり直さなくてはなりませんでした。効率が悪いですよね。ひとりずつの録音のメリットは、たとえ間違いのテイクがあっても他のキャストに迷惑をかけずに収録できますよね。調整も簡単ですし、デジタルでミックスする作業も便利なんです。

——中国では、声優の社会的な評価はどういうものなのでしょうか? 日本では声優本人にもファンがついたりしていますが……

張: 現状では、声優はまだ縁の下の力持ち、というところですね。日本の声優のようにファンの方々に愛されるようになるように期待し、頑張っています。

——ありがとうございました!


●中国語版のアフレコ現場を取材してみて

 これで、録音スタジオ訪問記はおしまいです。
 僕にとっては、初めてのアフレコ現場見学でした。また、依頼側のスタッフとして参加できたことは、とても光栄でした。
 今までは、中国で放送される外国のアニメの中には、原作は面白いのに吹き替えが良くないせいで評判が良くない作品がたくさんありました。アニメを見ながら育ってきた世代にとって、これはとても残念なことです。実は今回もいくらか心配な気持ちがありました。
 実際に録音の現場に行ってみて、その心配は半分なくなりました。中国人の僕にとっても、素晴らしいアフレコだ、と感じられました。キャラクターのセリフの初めと終わりの口の形に合わせて演技をすることは最低条件で、文の間の口の開閉の回数まで細かく指定されたり、声質もキャラクターに合わせるためにたくさんの声優から厳選したキャストを選ばれていたりという工夫についても監督から伺うことができました。
 アフレコでは、中国語で表現しにくいセリフもたくさん出てきます。そういうところもちゃんと中国人の視聴者に理解できるニュアンスを選ぶため、1つのシーンを何十回もくり返し録音している場面もありました。アフレコスタッフの皆さんのこういった真剣な姿勢から、『鉄腕アトム』の吹き替え版のクオリティは安心できるものになるに違いない、と思いました。
 このインタビューは休憩の間に行いましたが、記事を通して中国語版アフレコスタッフやキャストの方々の熱意や決心をおわかりいただけたかと思います。

 時間の関係で全編は見られませんでしたが、取材の際に見た「ウランはおてんば娘」の様子から見ると、「中国語をしゃべっている日本のキャラクター」という、監督が目指す効果は達成しているように感じました。

 まだ今後もアフレコの作業はしばらく続くそうです。完成が待ち遠しいです!






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