2007年より、手塚マニアの間で「金の星社が、鈴木出版の全集を復刻するそうだ」という話題が、ジワジワと広がっていました。そして今月、ついにその全集が発売されたのです。
この全集は、かつて1964年から1965年にかけて鈴木出版が発売したもので、箱入りのB5判で、カラーページありという贅沢な作りの単行本でした。
今回の復刻にあたり、金の星社出版部副部長の大河平将朗(おこひら まさお)さんに、企画から発売までのお話をうかがってきました。

―まずは「手塚作品を復刻しよう」ということになった経緯から教えていただけますか?
大河平(以下・大): はい、うちは児童書に関しては歴史があるんですが、漫画の出版は少ないので、復刻できそうな昔の漫画作品を探していたんです。そんな時、たまたま鈴木出版さんのホームページを見ていたら、過去に「手塚治虫全集」と「手塚治虫選集」を出されていたことを知ったんですね。そこでさっそく実物をお借りして見てみると、とても素晴らしいので「ぜひ復刻したい」ということになったんです。
実は、鈴木出版さんと金の星社は、提携出版の形でお付き合いがあるんです。たとえば、鈴木出版さんは幼稚園・保育園向けに毎月絵本を出されているんですが、それを見せてもらって、「これはいいな」というものがあれば、ハードカバーとして金の星社から出す、ということをしています。そういう絵本の中には、「ちいさなくれよん」のように、ロングセラーになっているものもあります。

―なぜ昔の漫画作品を復刻しようと思われたんですか?
大:今の出版は、児童書だけでは厳しいんですね。実際、子供も大人も漫画やアニメが好きですから、うちも出版の幅をひろげるために漫画をやりたいと思ったんです。しかし、新規にオリジナルの漫画をてがけるのは難しいだろうということで、手塚先生の作品なら、図書館や学校といった、うちの販売網でも定評がありますし、金の星社の90周年事業の一つということで、トントン拍子で復刻が決まったんです。

―鈴木出版の全集は、具体的にどんなところが良かったと感じましたか?
大:「0マン」が全部入っていたことと、カラーページがあったこと、それから1冊ずつ箱に入っていたことです。当時としては高価な本だったんじゃないかと思いますね。それと、貸本屋向けに作られた本なので、しっかりした作りであることですね。

―もしかして、大河平さんは「0マン」がお好きなんですか?(笑)
大:いや、そういうわけではないんですが(笑)。やはり代表作の一つですからね。私はこの全集の中だと「アリと巨人」が一番好きです。でも全10冊のうち「0マン」が7冊ですから、不思議なラインナップですね。鈴木出版の方にも「なぜこの10冊なのか」ときいたんですが、わからないということでした。本当はもっと出すつもりだったのかもしれないですね。

―たぶんそうだと思います。手塚先生の全集は、刊行途中で途切れることが多かったそうですから。
大:実は裏話なんですが、オリジナルの本では「鉄腕アトム」の表紙を開くと「鉄腕アトム 1」って数字が入ってるんですよ。今回の復刻では取っちゃったんですが、本当は「2」を出すつもりだったんじゃないかと思うんです。

―復刻の作業について、どのように進めたのか教えていただけますか?
大:当時の版は残っていないですし、データもないし、原稿ももうこの形では無いというので、鈴木出版さんにきれいな本を入手してもらいました。鈴木出版さんには、スキャン、ごみ取りなど、実際の編集作業をしてもらっています。
当時の本を並べてみると、この表紙の黒い部分一つとっても、各巻で色がバラバラなんですよ。時間がたって変色したのもあると思うんですが、黒じゃなくてこげ茶なんですね。で、当時の編集がどの色にしたかったのかがわからない。結局、鈴木出版の編集長と私で「このあたりにしよう」と決めて、揃えたんですけどね。
カラーページも、当時の色がなかなかきれいでして、できるだけその色を再現するために蛍光色をちょっと入れたりしました。その他、色の塗り忘れがあったので直したりといった、細かい修正は入れてあります。そのうちマニアの方から指摘があるかもしれません(笑)。

―今回の全集は復刻ということで、普通の単行本よりも価格が高いですが、発売後の反響はいかがですか?
大:どうしてもコストがかかって高くなっちゃいましたね。でも出荷状況はいいですよ。購入者の比率でいえば、現在は学校や図書館よりファンの方が多いですね。特典につけた複製原画の影響もあるんじゃないかと思います。学校や図書館には4月から営業をかけていくつもりです。

―お話の中でも出てきましたが、金の星社さんは90周年だそうですね。
大:ええ。ここにあるのは、金の星社が大正8年の創業時に出した雑誌の復刻版です。野口雨情が編集長で、表紙の絵を描いているのが岡本帰一という画家なんですが、今回手塚先生の資料を読んでいたら、その岡本帰一のことが書いてあったんですよ。

―石子順さんとの対談ですね(※手塚治虫漫画全集別巻「手塚治虫 漫画の奥義」P70)。
大:手塚先生は岡本帰一から影響を受けたみたいで、「ずばぬけて好きだったですね」と話してます。もしかしたら手塚先生もこの本を見ていたかもしれませんね。

―マニアとしては、90周年記念事業として、今後も復刻が続くのかどうか、気になるところなのですが。
大:これからも良い作品があればやっていきたいですね。可能性としては次に「手塚治虫漫画選集」(鈴木出版:1958年〜1963年・全25巻)なんですが、こちらはマニアックな作品ばかりなので、いけるかどうか模索中です(笑)。

―どうもありがとうございました。

●復刻版「手塚治虫全集」(全10巻)についての詳細はこちらへ
金の星社HP http://www.kinnohoshi.co.jp/